2013年07月03日

ローマ1−1 ローマ【イタリア旅行記】

予約した列車の出発まで余り時間もなくなってきたし、そんなに食欲もないので、ホテルに向かう途中でジェラートを買って食べ歩き。

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1878年創業のVenchiというチョコレート店が経営するジェラート店で、やっぱりチョコのジェラートを注文。
これは濃厚でめっちゃ旨い。おすすめだ。


ホテルで荷物を受け取り、タクシーでサンタ・マリア・ノヴェッラ駅へ移動。

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▲ユーロスター・イタリア

ユーロスターで最後の目的地、ローマに向かう。

列車ドア入ったところの荷物台で荷物整理してる兄ちゃんが俺からスーツケースを奪って荷物台に入れてくれたので、
「さすがユーロスターは荷物を整理する係がいるのかと思いきや、実は鉄道会社とは無関係な兄ちゃんが勝手にやってて手数料金取るんだぜきっと」とうがった見方をしていたらやっぱりチップよこせと言ってきた。何なんだ。

というわけで最後の町、永遠の都ローマ・テルミニ駅へ到着。
テルミニはローマの中央駅で、地下にはスーパーも入っているイタリア最多の乗降者数を誇る駅だ。

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▲なにやらモノポリーのキャンペーン

そこからスーツケースを引きずってホテルへ向かう。
中途半端に駅から近く、タクシー使うのも微妙な距離なのだが、石畳なので結構辛かった。

ローマで取ったホテルは、カナダホテル。
ベストウェスタン系のホテルで、トリップアドバイザーの評価が高かったので選んでみた。

部屋はクラシックな感じで雰囲気があって良い。

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嫁は紅茶を入れて一人ティータイムをしていた。

ここはエレベーターがすごい。古い機体のため機構が丸見えで、大変メカメカしい。


少し休憩して、軽く観光に出かける。

最初に向かったのは、ホテルからほど近いディオクレティアヌスの浴場跡。
テルマエ・ロマエで有名になった「テルマエ」である。

実は、テルミニ駅の名前は、この遺跡に近かったことから、テルマエから取ったそうだ。
テルミニ=Terminal(英語)で終着駅でもあるので、ダブルミーニングとも言える。

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浴場跡に併設されているのが、サンタ・マリア・デッリ・アンジェリ教会。

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ミケランジェロ設計で、外装は浴場跡に合わせているため遺跡遺跡した無骨なデザインだが、内装はとても豪華。

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内部はやたらピンクピンクしている。

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ステンドグラスもピンク。
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2013年06月28日

フィレンツェ3−3 ドゥオモ【イタリア旅行記】

昨日・一昨日と入れなかったドゥオモにようやく入る。

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ここは正式名称「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」という。フィオーレとは花という意味だ。
花の都と呼ばれたフィレンツェのドゥオモにふさわしい。

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ところでドゥオモというのは一般に「大聖堂」と訳されるが、正確には「ドゥオモが大聖堂であることが多い」だけで、ドゥオモ=大聖堂ではないらしい。

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大聖堂とは司教座(カテドラ)がある教会(カテドラル)で、ドゥオモとはその町のホームとなる教会というようなニュアンスらしい。

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ドゥオモから出た後、サン・ロレンツォ教会へ。

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丁度宝物展をやっていたらしく、長蛇の列だった。

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絢爛豪華な君主の礼拝堂。

残念ながら写真はない。

奥にはメディチ家礼拝堂があり、歴代メディチ家当主の墓所になっている。

新聖器室ではミケランジェロの彫刻を見ることができる。
棺の上にだらっとした四体の全裸の男女の像がある。

それぞれ「昼」「夜」「曙」「黄昏」というそうだ。

残念ながら写真はない。
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2013年05月30日

フィレンツェ3−2 ダンテの家【イタリア旅行記】

ヴェッキオ宮を出た我々は、一昨日から前を通っては(俺だけが)気になっていた「ダンテの家」に入る。

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ダンテ・アルギエーリは13世紀に生まれたイタリアを代表する詩人で、その著作『神曲』で知られている。
ダンテ本人が「地獄」「煉獄」「天国」を回るという物語だが、とりわけ地獄の描写が後世の文学作品に大きな影響を与えている。


イタリアにおけるダンテは我々が想像する以上で、Wikipediaによると
・そもそも『神曲』の文体がイタリア語の基礎になっている
・国民的詩人と呼ばれ、高等教育では全歌深く突き詰めて勉強する
・イタリアの2ユーロ硬貨の肖像になっている(ユーロ硬貨は各国デザインが違う)
・ミケランジェロ「最後の審判」、ロダン「考える人」は『神曲』地獄篇がモチーフ

などなど枚挙にいとまがない。

そんな大詩人ダンテの生まれ故郷にあるダンテの家。

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▲ダンテの系図

さぞ立派な博物館と思いきや、実際は大したものはなく、しょぼい博物館。
そもそもダンテの生家は破壊されたので、ここは跡地でしかない。

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▲地獄のイメージ。最下層コキュートスにいるのは、魔王ルチフェロ(ルシファー)

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▲煉獄

煉獄は、永遠に苦しむ地獄と違って、罪を浄化しつつ上に上がって天国に近づくシステムらしい

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▲天国

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▲『神曲』。三途の川の渡し守カロンの挿絵は、19世紀のギュスターヴ・ドレの版画。

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▲ロダン「地獄の門」。上にいるのが「考える人」

お土産はダンテTシャツとか、微妙なものばかり。
ダンテグッズじゃないだろう。神曲グッズなら欲しいのに。

ちなみに、『神曲』というタイトルは森鴎外が『即興詩人』の中で初めてつけた邦題で、元々ダンテがつけた原題は"Commedia"。なんと英語でComedy、「喜劇」だったらしい。

ダンテの死後かなり経ってからは『神聖喜劇』として出版されるようになった。

というわけで、『神曲』はあくまで邦題。英語もThe Divine Comedyで、『神聖喜劇』なのだ。
posted by Magic at 23:42| Comment(0) | イタリア旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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