2011年07月09日

ヨーロッパ旅行記【西ドイツ編】3−3 ローレライ

というわけでアスマンズハウゼンから船に乗り、ライン川を北に下っていく。
ちなみにライン川を最後まで降りてしまうとオランダのロッテルダムまで戻ってしまうので、もちろん途中までだ。

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▲こんな船に乗り込む

レストランの対岸に見えるのは城塞ブルク・ラインシュタイン。
関所を見張る見張り台の役割を果たしていたらしく、何と10世紀からあるそうだ。

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▲ブルク・ラインシュタイン


ワインの街バッハラッハなどを横目に見ながら、船は進む。
外に陣取ったので風当たりが強く、ちょっと寒い。

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船は最初の見所、カウプの街を通る。

ここは水の砦プファルツ城。ライン川を通る船の税関だ。
何と川の中州に城を作っている。

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▲プファルツ城

通行税を払った船を盗賊などから守り、税を払わない者には攻撃をしかけたそうだ。
地下牢もあり、水位に応じて上下できるらしい。

この城の持ち主プファルツ伯と言えば、神聖ローマ帝国の七選帝侯の一つ。
元々ライン宮中伯と呼ばれていた。プファルツというのは「宮中」らしい。

宮中伯というのは元々皇帝の側近で、今で言う大臣のようなものだったようだ。その名の通り皇帝の宮中にいたのだが、やがて地方領を与えられて宮中から追い出されていく。

つまりライン宮中伯はライン川中岸の領地を与えられた宮中伯だった。
彼ら以外の宮中伯は全て消えていったので、結局宮中伯(プファルツ伯)といえばライン宮中伯のことを指すことになったようだ。

では、ライン宮中伯とは何者なのだろうか。

実はライン宮中伯とは、ミュンヘンでよく見かけたバイエルンの支配者、ヴィッテルスバッハ家のことなのだ。彼らは歴史の中でバイエルンとプファルツの二系統に別れ、ことあるごとに対立を続けていた。13世紀に選帝侯を決めたとき、ライン川の要所を抑えていたプファルツ系のヴィッテルスバッハ家は選帝侯の地位を手に入れた。だがバイエルン系はなれなかった。

そして17世紀、ヨーロッパで後に「最後の宗教戦争・最初の国際戦争」と呼ばれた三十年戦争が勃発する。二つのヴィッテルスバッハ家はここでも敵味方に分かれた。

宗教的には、プファルツ系はプロテスタント、バイエルン系はカトリックだ。劣勢になったプファルツ伯が国外に敗走すると、皇帝のお墨付きでバイエルン公が念願の選帝侯位を手に入れる。だが、これは選帝侯のルールを決めた金印勅書的にはNGで、諸侯からは不満が上がった。

やがて三十年戦争が終結する。講和条約は、1648年のウェストファリア条約。
近代国際法の元祖と言われる法律だ。

ここで、バイエルン・プファルツ系両方に選帝侯の権利が与えられた。ということは一つ増えたので、以降は七選帝侯ではなく八選帝侯ということになる。なお条約には、両家が統合した場合はプファルツ選帝侯の権利は消滅するという但し書きがされていた。

結局1777年にバイエルン系の家系が途絶えてしまったので、プファルツ伯が両家の権利を引き継いだ。これでプファルツ選帝侯の権利は消滅し、バイエルン選帝侯だけが残ったわけだ。

さて、歴史のお勉強はこれぐらいにして、クルーズに戻ろう。

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プファルツ城の背後にそびえる砦はブルク・グーテンフェルス。その名も「よき岩壁」。
ちなみに像はブリュッヒャーで、あのナポレオンを倒したプロイセンの総司令官だそうだ。


そんなこんなで、ライン川クルーズのハイライト・ローレライである。

ライン川には、このローレライにたたずむ美しい妖精に魅せられると、船が遭難するという伝説がある。彼女は黄金の櫛を持ち、魔歌を歌って船乗りたちを惑わせる。うっとり聞き惚れた、あるいはローレライの美しさの虜になった船乗りが気がついた頃には、船もろとも川の藻屑……というわけだ。

ギリシャ神話のセイレーンのような怪物だが、元々は不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女なのだそうだ。

ワーグナーの「ニーベルングの指輪」に、ラインの乙女と呼ばれる妖精たちが登場する。特別悪さはしないが、彼女らもまたローレライ伝説をモチーフに作られたのかもしれない。

いよいよローレライ。
ぶっちゃけただの岩山なので、ちゃんと話を聞いていないと見落とす。

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ローレライはスイスと北海をつなぐライン川にあって、最も狭い場所に突き出た岩山だ。狭くて深い交通の難所なので、実際に多くの船乗りが命を落としたらしい。

実際に見てみると、思ってたほどの交通の難所っぽくもなければ、取り立ててすごい岩でもなかった。

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実は相当工事を繰り返してきたらしく、それで大型船も余裕で通れるほどの川幅になったらしい。そりゃ、そんな危ない場所をのんびり観光できないわな。

しかし実際はどうあれ、伝説を目の当たりにできるのもまた旅の醍醐味なのだ。
posted by Magic at 03:57| Comment(0) | ヨーロッパ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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