2010年07月16日

ヨーロッパ旅行記【北ドイツ編】2−4 女王ネフェルティティ

大聖堂にいたらあっという間にチケットに書かれた時間になったので、急いで新博物館に向かった。でも並ばなくてよくするためのチケットを持った人の行列ができていたので全然問題なかった。

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▲新博物館

ここはエジプトを筆頭に、古代の遺物が展示されている。

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▲シュリーマンがトロイで発見した壺。右の胸像がシュリーマン。

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▲エジプト系の展示物が多い

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▲これはアフリカっぽい。こういうの好き

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▲カノプス壺。ミイラの中身(内臓)を入れて部屋の四隅に置いておくのだ。

基本的に撮影は自由だが、一カ所だけ写真撮影が許されていない部屋がある。

ルーブル美術館におけるモナリザのように、特別な部屋が用意されている。
それがベルリンの至宝、女王ネフェルティティの胸像。
まぁ、ベルリンの至宝がエジプト産なのはどうかと思うが。


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▲Wikipediaより

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▲遠くから……

時代を感じさせない完成度は本当に素晴らしい。実に今から3500年前の胸像だが、これだけ綺麗な色彩で保存されているのは砂に埋まっていたからだそうだ。

1912年に発掘したドイツの考古学者は、像があまりに美しかったのでエジプトに渡すのが惜しくなり、エジプトの調査員をだまくらかしてまんまと奪い取ったらしい。10年ぐらい経って初めて胸像の存在自体が明るみに出て、当然のことながらエジプトから返還要求が出た。

エジプトは「胸像を返さない限り二度とドイツには遺跡発掘をさせない」とまで言ったが、ドイツはそれでも返さない。ナチス時代には再三の返還要求に応じる姿勢も見せたが、ヒトラーは「この像のためにエジプト博物館を建設する」とまで宣言して猛反対した。戦後ドイツの敗戦で胸像はアメリカに渡っていたこともあるが、結局またドイツに戻ってくることになった。

結局現在に至るまで、この像を巡ってドイツとエジプトは延々と議論を続けている。最近の言い訳は「エジプトに持って行くと破損するから無理だ」らしい。誰がどう見ても悪いのはドイツ以外の何物でもないが、それでも手放せないほどにネフェルティティはベルリンの文化の象徴になってしまったということらしい。

モデルになっている女王ネフェルティティは、古代エジプトで世界初の唯一神アトン信仰を確立したイクナートン(アクエンアテン。元アメンホテプ4世)の正妻にして、あのツタンカーメンの母親だ。しかし彼女についての情報は、ある日を境に歴史から一切消えてしまっている謎の女王でもある。彼女はクレオパトラ、ネフェルタリと並んで古代エジプト三大美女と言われている。

実物の胸像の正面に立ってネフェルティティと目を合わせると、吸い込まれそうだった。
モナリザなんかよりはるかにすごいオーラが出ている。
もう「何か出てる」としか説明できない。

ベルリンに来たら、女王ネフェルティティにだけは会って帰って欲しい。本当にそう思う。
posted by Magic at 03:00| Comment(0) | ヨーロッパ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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