2010年01月04日

トルコ旅行記4−2 カイマクル

予定通り、9時にいつものガイド登場。
今日はまずカイマクルへ向かう。何か名前だけ聞くと市場みたいだがそういうわけではない。

関係ないけど、昔まだ携帯メールがカタカナしか送れなかった時代、フリーマーケットをやろうという話が出て「フリマクル?(フリーマーケット来る?)」と聞いたら「ソンナニフラナインジャナイカ」と返事が来た、みたいなやりとりがあった。「降りまくる」だと思ったらしい。

というわけで別に何かを買いまくる訳ではなく、カイマクルという名前の地下都市である。他に、デリンクユという地下都市があるがそれはまた明日。

カイマクル地下都市というのは、カッパドキアにいくつかある巨大な隠れ家のうち、最大級のものの一つだ。

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▲入り口

ローマ時代、初期のキリスト教徒が暴君ネロの大迫害から免れてここにやってきたのが、カッパドキアの地下都市の起こりらしい。それ以来、ここは伝統的にキリスト教徒や修道士の隠れ家として利用されてきた。8世紀に東ローマ(ビザンティン)帝国で偶像禁止令が起きたときや、十字軍時代にカトリックが正教徒を迫害したときも、追われたキリスト教徒たちがこの地に逃げ込んできたのだそうだ。イスラムの時代になってからは寂れて遺跡になったという。

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キリスト教徒が長い時間をかけてガリガリと地下を掘り進めた結果、最終的になんと地下8層まで広がっている。今は地下5階まで降りることができる。その下はまだ土に埋もれている。収容人数は……数千人から数万人まで諸説ある。要するに詳しくはよく分かっていないようだが、千年以上前に数千人入れる穴を掘るというのは、それだけで凄まじい。

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ちなみに地下都市の初期バージョンは、はるか紀元前、世界初の鉄器で有名なヒッタイトの時代にさかのぼるらしい。逃げてきたキリスト教徒はゼロから地下都市を造ったわけではなく、ヒッタイトの遺産を流用して蟻の巣のように街を広げていったのだ。

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夏は酷暑、冬は極寒といういやがらせのような気候のカッパドキアにあって、夏は割と涼しく冬は割と暖かい地下に住むというのは生活の知恵だったのかもしれない。実際、外に比べてかなり暖かい。

とはいえ、実際に地下生活を耐えられるのは1ヶ月ぐらいが限界なのだそうだ。

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▲教会。特に何もないが、よく見ると壁に十字架が掘ってある

基本的に隠れ家なので、防犯設備はかなりしっかりしている。出口は複数あり、逃げられるように民家と繋がっていたらしい。

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▲円形石扉

所々に円形の石扉があって、侵入者を防ぐために横から扉を転がす。すると正面からはあけられない。円形だと横から転がす力は弱くて済むので、合理的だ。

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▲棒を挿して、回転させ、粉をひく

キッチン(キッチンのある場所は天井がススで黒くなっている。まっくろくろすけもたまに出没する)、礼拝所、食堂、ワイナリーなど色んなモノがある。カッパドキアはワインの産地として有名なのだ。

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▲ワイナリー。奥の穴でブドウを潰し、溝を通って果汁が流れてくる

地下都市は底が深いので、窒息対策でちゃんと地下まで続く空気穴も空いている。かなり良くできているのだ。

それにしてもこの地下都市は広い。蟻の巣の表現が正しく、部屋があちこちに広がっている。

迷子防止のためか、入れないエリアもたくさんあり、どう見てもラビリンスだ。勝手にうろついたら多分出れなくなるし、今は電気があるから良いが、昔は火を使うしかなかったわけだからそりゃ侵入者も近寄りたくないだろう。
posted by Magic at 02:30| Comment(0) | トルコ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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