2009年12月22日

トルコ旅行記2−2 エフェソス遺跡

晴れて荷物を確保し、空港を出た車は、1時間ぐらいでセルチュクの街に到着した。

移動中雨が降ったりしたが、セルチュクに着いたら止んだ。トルコは目下雨期まっさかりなのだ。

セルチュクという街の名前は、かつて西アジアを支配したセルジューク・トルコに由来するが、セルジューク帝国の中心がここだったというわけではない。

エフェソスは、ローマ時代の「エフェソス公会議」で有名な古い街だ。公会議というのはキリスト教の最高会議で、教皇をはじめ教会のお偉いさんが集まってキリスト教のルールや教義を決める会議のことだ。
441年のエフェソス公会議では、キリスト教ネストリウス派が異端になった。

ネストリウス派は平たく言うと「マリアは神の母ではない」という主張だ。

「イエスは神と人の2つの性質に分かれる」とし、マリアは神部分の母ではなく人部分の母ということになる。日本人にとってはこっちの方がわかりやすいのだが、オフィシャルには「いやいやマリアは神の母でしょ」ということでネストリウスは異端扱いになった。

公会議というのは得てして政治的色彩が強いので、分かりやすさとか聖書がどうとかあまり重要でもないのかもしれない。

とはいえエフェソス公会議は重要で、現在のカトリックも正教会もプロテスタントもその判決に準拠している。日本人の大半ははイエス=神ではなくて、漫画『聖お兄さん』なんかでも神はあくまでイエスの父親というような描写を(あえて)している。でもキリスト教といえはイエス=神なのである。

そんなこんなでセルチュクから車でしばらく走るとエフェソス遺跡に到着。南入口と北入口があり、我々は南から入って北に出るルート。下り坂なので楽ちんだ。

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ちなみにエフェソスは当時のギリシャ語の呼び方で、今はトルコ語でエフェスと言う。

オフシーズンというのもあって人っ子一人いない。犬と猫と土産物屋だけだ。
ものすごくマイナーな遺跡なのかと思ったが全然そんなことはなく、実はヨーロッパでも最大級の遺跡。夏は観光客でごった返すらしい。全然海が近くないのだが、元々は港湾都市だった。

入る前に土産物屋で水とアルテミス像を買い、入場。
アルテミス像は基本的にエフェソス付近にしか売っていないのでここで手に入れるしかない。そんなに欲しい人がいるとは思えないがw

さて、ガイドに案内をされながら、遺跡を巡っていく。
ちなみにこのガイド、普段は流ちょうに日本語をしゃべるのだが解説モードに入ると若干片言になるのが面白い。

遺跡には猫が沢山いる。

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公衆浴場。ローマの遺跡にはほぼ例外なく風呂があるらしい。すごいなぁ。

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2000年も前の遺跡だが、奥の部屋でちゃんと水を温めて、地面を這う水路を通してお湯を流すようにできている。まだ日本史が始まる前の時代だ。さすがとしか言いようがない。

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メインのクレテス通りの入り口にある、ヘラクレスの門。ライオンの毛皮を被っている。この上に有名なニケのレリーフが載っかっていたらしい。

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絵柄的にこれで完成しているように見えるが、右下は欠けている。


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これはアスクレピオスのレリーフ。アポロンの息子で、ギリシャの医神だ。写真はアスクレピオスの杖で、現在のWHOのシンボルにもなっている。ということは、ここは病院だったのだろう。

門を通って降りていく途中、左手の地面を見るとモザイクが綺麗に残っている。

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そのまま左手を見ると屋根と壁のついた大きな建物がある。
これは、お金持ちの集合住宅で、丘になっているのだが丘ごと囲われていて何も見えない。何と中に入るには別途15リラ取られる。

まだ徐々に発掘を進めている最中だが、モザイクの絵が美しい。
15リラは高いが、発掘費用ならば仕方ない。

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ライオンとかポセイドンとか、女性の顔とか当時の最先端のドッターが描いたのだろう。ものすごくできが良い。

続いてハドリアヌス神殿。女神やメデューサのレリーフが立派。
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神殿ということは、ハドリアヌスが神格化されていたのだろうか?
それともハドリアヌスが建てた神殿というだけか。

他にトラヤヌスの泉というのもあり、五賢帝がローマ人の中で大きな存在だったことが伺える。

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墓石。若い女性の骨が出てきたそうだ。
ホントかどうかナゾだが「クレオパトラの妹」という説があるらしい。

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これは38人用のトイレ。みんな仲良く並んで座り、用を足す。ちゃんと水洗になっている。
トイレが水洗になる方が、個室になるより歴史的に後だったというのは興味深い。日本とは逆じゃないか。これが恥の文化か!

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アップ。ちょっと深いところを水が流れるようになっている。おつり対策もバッチリだ。

さらに、手洗い用に目の前に流れる水をすくって、手で直接尻を洗う。

ということは……きっと上流が争奪戦になるのだろう。最下流の水は何色なのか。想像もしたくないが。

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ケルスス図書館。神殿のような形で、かなりでかい。

入り口のファサードだけは立派なのだが、残りは復旧されていない。下に並んでいる像はあとから造ったもの。
エフェソス遺跡のお宝は世界中に分散しているが、特にベルリンに取られたモノが多いらしい。

図書館の向かいには、原形をとどめていないが娼館、つまり売春宿がある。
地下で図書館と繋がっているという説もある。すぐそばの貴族の家から、図書館に行くフリをして地下を通じて娼館へという抜け道になっているというが本当だろうか。

その娼館に続く地面に描かれたマーク。

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足跡と女性の顔と……カード。VISA OKと書いてあるらしい(嘘)。

足跡より大きな足の人間だけ娼館に入れるという説がある。
バカの大足マヌケの小足、ちょうど良いのは俺の足とはよく言ったものだ。

そしてエフェソス最大の見せ場、円形大劇場。ローマのコロッセオみたいなものか。元々ギリシャ時代に作られたものがローマ時代に拡張されていて、かなり巨大。最大収容人数24000人らしい。

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ステージの下には、競技場。ローマの競技場は、客席が一番下まで伸びておらず、途中まで。ステージのフロアは壁になっている。

一方でギリシャ式は1Fまで客席がある。ローマ時代には剣闘士がライオンと戦ったりしたから、下まで客席があると危ないのだ。

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ここから猛獣が入るのだ。

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アルカディアン通り。まっすぐ続く道。

貴族の家もそうだったが、所々工事中なところが多い。
エフェソスは今もなお発掘が進められているので、ガイドも来る度に何かしら変わっているらしい。

というわけで、出る頃にはそこそこ人が集まってきたがそれでもちょっと寂しいエフェソス遺跡を満喫できた。

さーて、次は考古学博物館だ。
posted by Magic at 02:11| Comment(2) | トルコ旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ローマ帝国の皇帝は、死後神格化されるのが普通だったようです。
ネロは神格化を否定され、さらに記録抹殺刑を受けて
「いなかったこと」にされました。
ハドリアヌスは元老院と仲が悪く神格化が危うかった、
と『ローマ人の物語』にありました。
次の皇帝が懇願して神格化されたんですって。
Posted by まっきぃ at 2009年12月23日 09:22
あ、そういうとキリスト教の国教化は結構後だったんですね。国教化の後は神格化から聖人扱い、ってことでしょうか。
ネロの記録抹殺は失敗しちゃったんですねw
Posted by magic at 2009年12月23日 23:40
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