2013年01月28日

ミラノ2−4 ミラノ風カツレツ【イタリア旅行記】

最後の晩餐を見終わった我々は、観光バスに乗せられて集合場所で解散。
半日で1人6000円ぐらいのツアーだったが、なかなか満足できた。ちなみに外国のツアーなので、為替レートに左右されるので注意されたい。

さてお昼も大分回ったので食事に行くことにしよう。
ミラノの町は割と小さくまとまっているので、歩いて回ることができる。
こういうのも中々楽しい。

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▲教会の前にはアバンギャルドなアート

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昼食はナブッコというレストランに入る。
結構繁盛していて、奥の部屋に通された。
店員が忙しすぎて中々捕まらないのだが、ワイングラスを落とした客への対応は早かった。

前菜、その名も「ナブッコ」。
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店の名を冠した名物の前菜。生ハムが美味しい。

飲み物は、キャンティ・クラシコをハーフボトルで注文。
キャンティというのはイタリア中部の総称で、同時にワインの銘柄の1つだ。
実はキャンティとキャンティ・クラシコはちょっと違う。

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▲アンティノリ・ペポリ キャンティ・クラシコ

キャンティ・クラシコはキャンティ地域で作られるワインの中でも高級な代物で、DOCGに分類される。
ヨーロッパでは「原産地統制呼称」といって、厳しい条件に合致したワインなどにブランドを与える制度があり、イタリアワインは上からDOCG、DOC、IGT、VdTというランクがある。DOCGは30種、DOCは300種類ぐらいの銘柄があるそうだ。

そんなわけでキャンティ・クラシコは高級ワインということになるのだが、そうはいってもハーフで2000円はしなかったと思う。そもそも格下のキャンティもDOCG。ピンからキリまであり、逆にVdTでもかなり高品質のワインがあるそうなので、制度自体があまり機能していないそうだ。

ポルチーニのタリアテッレ
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ポルチーニ茸たっぷりのタリアテッレ。
タリアテッレとフェットチーネはよく似ていて、きしめんのような幅広パスタのことだ。
無論パスタ大好きな嫁が注文。キノコの香りが漂う、濃厚な一品。

ミラノ風カツレツ豪華番
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ミラノ風リゾットと人気を二分する、ミラノ風カツレツ。
薄くのばした子牛肉のフライだ。しかも骨付き!かなりでっかい。
味はしっかりついていて、ソースは要らない。

リゾットもそうなのだが、そもそも「ミラノ風」の正体は「金色」であることらしい。ミラノでは昔から富を象徴する金色を好んできたのだそうだ。

ところで、オーストリアにはウィンナーシュニッツェルという、これとそっくりな料理がある。
どうやらミラノ風カツレツがハプスブルク統治時代にオーストリアに伝わったものらしい。パルメザンチーズを使うのがミラノ風。


ミントのセミフレッド
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イタリアで生まれたというセミフレッド。「半分冷たい」みたいな意味らしい。
メレンゲが入っているのか、ちょっとぼやけた味であまり俺好みではなかった。


ちなみに「ナブッコ」とは、ここミラノのスカラ座で初演されたオペラで、作曲家ヴェルディの代表作。
聖書を原作にしており、主役の古代バビロニア王ネブカドネザル2世を劇中で「ナブッコ」と呼んでいる。

それ故か、店内にはスカラ座で見たオペラのポスターが沢山貼られていた。
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2013年01月24日

ミラノ2−3 最後の晩餐【イタリア旅行記】

スフォルツェスコ城からバスに乗ると、いよいよ本日のメインイベント・最後の晩餐。
最後の晩餐はサンタ・マリア・デ・レ・グラッツィエ教会にある、レオナルド・ダヴィンチ作の壁画だ。

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▲サンタ・マリア・デ・レ・グラッツィエ教会

最後の晩餐だけで世界遺産になっていて、登録名は「レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院」。英語名は"Church and Dominican Convent of Santa Maria delle Grazie with "The Last Supper" by Leonardo da Vinci" だ。めっちゃ長い。

この絵を見るためにオプショナルツアーを申し込んだわけだが、現地に着いてからさらに入場制限がある。ダン・ブラウンの『ダヴィンチ・コード』以来、最後の晩餐はさらに人気が出たらしく、見学は15分限定、同時に25人までになっている。

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▲営業時間などが書かれているが、予約なしでは中々入れないのであまり関係ない。

今回のバスツアーは25人以上だったので、前半・後半の2グループに分かれることになった。
我々は……頑張って前半に入れるようアピールしたけど、後半だった。

仕方なく教会周辺を15分ほどふらふらする。
教会の前に最後の晩餐の置物を売る土産物屋があった。ちょっと欲しい。

教会に入ると受付があるが、12時にして既に「SOLD OUT」の文字が。やはり予約なしでは厳しいようだ。
廊下を通ってチケットを渡すと扉の前で待たされ、さらにそこから二重になった自動扉をくぐる。

暗くて大きな空間に、いきなり登場する最後の晩餐。

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左右に6人ずつ十二使徒を配置し、「あなたたちのうちの一人が私を売るだろう」と話すイエス・キリストを描いた大作だ。サイズは420 x 910 cmらしい。

もちろんイエスを売るのは悪名高いイスカリオテのユダ。イエスの直弟子である十二使徒の中で唯一、聖人でない男だ。

実はキリスト教の中でも、正教会やカトリックなど宗派によって聖人の対象が違うのだが、どの宗派もユダ以外の十二使徒は聖人扱いのようだ。聖人は英語でSaint。聖闘士と書いてセイントと読ませた車田正美はなかなかのネーミングセンスだと思う。

さて、キリスト教ではイエスの死を、原罪を背負う人間の罪のあがないと考える。

原罪というのは一般的にはエデンの園のアダムとイブが神に背いて知恵の実を食べてしまったことで、これが子々孫々にわたり、我々の世代に至るまで染みついている。(ただ、これも宗派によって意見が分かれていて実は「原罪とは何か」ははっきりしていないらしい)

いずれにせよ、人間は罪を背負って生まれてきていて、それをイエスが十字架にかけられることで肩代わりしてくれたのだそうだ。

そしてここが重要なのだが、キリスト教においてはあくまでイエス=神である。神の子というだけではない。神なのだ。

父なる神と子たるイエスと聖霊は三位一体で、イエスは「光あれ」から始まる天地創造にも参加していることになっている。そんなジーザス・クライスト・スーパースターがユダの裏切りを予知できないはずもない。つまり、人類を罪から救うべくその身を捧げる神の計画の一部としてイスカリオテのユダが組み込まれていたのだから、当然ユダが悪人のハズがない。

というわけで、キリスト教神学上、ユダは必ずしも悪人という扱いにはなっていないらしい。

とはいえ、一般的にはやっぱりユダはわかりやすい「裏切り者」の代名詞。文学・芸術問わず、大体悪者扱いをされている。
それだけにユダは謎深くて魅力的だ。レディーガガも歌っている。" I'm in love with Judas."

意外かもしれないが、最後の晩餐は、修道院の食堂に描かれた油彩の壁画だ。

西洋の壁画は通常フレスコ画(乾く前の漆喰に顔料を塗る技法)なのだが、最後の晩餐は油絵なので頻繁に修復が必要らしい。
とにかくダメージを受けやすいので、数あるレオナルド・ダヴィンチの絵画の中でもっとも損傷が激しいと言われている。

本当に壁にそのまま描かれていて、絵画の中央下の白い部分は扉になっている。(今は開かない)

どうでもいいのだが、13人いたら普通食卓はこういう風に囲まない。
パネルディスカッションみたいな構図だ。
13人でレストランに行ったらテーブル席が空いてなかったので仕方なく横並び13席のカウンターに座りました、みたいな話だろうか。そんな最後の晩餐はイヤだ。

15分間きっちり(ガイドさんが解説に熱が入りすぎてちょっとオーバーしていた)最後の晩餐をガン見して、我々は建物の外に出た。

ところで教会に入る前はちょっと欲しかった最後の晩餐の置物だったが、実物を鑑賞した後に見直すと似ても似つかない代物だった。

これが審美眼という奴か。
posted by Magic at 22:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月22日

ミラノ2−2 ガッレリアとスフォルツァ城【イタリア旅行記】

スカラ座の前のスカラ広場にいるのは、レオナルド・ダヴィンチ像。
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何というか、RPGに出てくる魔法使いか神官のように見える。
こんな格好してたっけ? 
という気もするが、よく考えてみるとダヴィンチがどんな格好をしていたのかというイメージはない。

そしてそのレオナルド・ダヴィンチ像の裏にあるのが、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア。

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上から見ると十字の形をした巨大なアーケード街で、中にはマクドナルドや大きな本屋、レストラン、高級ブランド店などが並ぶ。
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▲黒いマクドナルド。京都みたいなものか。

高いガラス天井なのでとても明るく、開放的だ。

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このガッレリアは、ディズニーランドのワールドバザールのモデルになったらしい。
確かに雰囲気がとてもよく似ている。

ガッレリアに冠されたヴィットリオ・エマヌエーレ2世とは、イタリア王国の初代国王の名だ。
ローマにもヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂があり、統一イタリアの象徴的存在になっている。

ローマ帝国の滅亡後は、イタリア半島は東ローマやゲルマン人、イスラムなどそれぞれバラバラに統治され、独立してもミラノ公国やヴェネツィア共和国、ジェノヴァ共和国、さらにはローマ教皇領など、地域ごとに個別に国が生まれた。イタリア半島を統一した「イタリア」という国ができるのは割と遅くて、1861年まで下る。

この「リソルジメント」と呼ばれるイタリア統一運動を成し遂げたのがこのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世。これにより、彼はイタリアの国父と呼ばれるようになった。

アーケードが交差する中央天井には、四枚のフレスコ画。
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それぞれ、アメリカ・中国・アフリカ・北欧を描いたものらしいが、どれがどれだかよく分からない。

またガッレリアの地面には美しいモザイク画が描かれている。

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このモザイクの中に、牛の絵がある。
牛の股間の上でくるっと回転すると、シアワセになれるという。

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▲こんな感じで回る

あまりに踏みつけられていてそこだけ凹んでいるのが不憫だ。
そのため頻繁に修復されているのだが、実は最初から少し凹ませてあるらしい。


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▲ズッカ・イン・ガッレリア。カンパリ発祥の地として有名なバールらしい。カンパリはトリノで生まれたらしいがどういうことか。

ガレリアを抜けると目に飛び込んでくる白亜の巨大建造物。これがミラノのドゥオモだ。

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残念ながらミサが開かれていて「5分後にバス集合」と言われたので一瞬しか中に入れなかった。
折角なので、ドゥオーモにはまた後で来ることにしよう。

その後バスでスフォルツェスコ城へ。
ここはスフォルツァ城とも呼ばれる城壁に囲まれた砦。

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併設された市立博物館はミケランジェロが死の直前まで作っていたという『ロンダニーニのピエタ』という作品が有名らしいのだが、特に見学はなし。

というか未完なのでわざわざ見るほどでもなさそうだ。

遠目に見えるのは「平和の門」と呼ばれる凱旋門。

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ナポレオンに捧げられたらしい。
パリの凱旋門もナポレオンが作ったそうだ。凱旋門と言えばナポレオンなのだろうか。
posted by Magic at 22:37| Comment(0) | イタリア旅行記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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